JRで琵琶湖を一周しましたー1泊2日です

1)一日目

 JRでの琵琶一周といっても,いわゆる「大回り乗車」で改札口を一度も出ないというのではなく,途中下車をし,観光を楽しみながら出発駅にかえってくるというやり方である.コースは以下のように47駅を回ることになるが,快速で通過するだけの駅もある.

米原彦根一南彦根→河瀬→稲枝→能登川→安土→近江八幡(下車)→篠原→野洲

守山→栗東草津南草津→瀬田→石山(下車)→膳所→大津(宿泊)→山科→大津京

唐崎→比叡山坂本(下車)→おごと温泉堅田→小野→和邇→蓬莱→志賀(下車)→

比良→近江舞子→北小松→近江高島安曇川→新旭→近江今津近江中庄→マキノ→

永原→近江塩津余呉木ノ本→高月→河毛→虎姫→長浜→田村→坂田→米原

(長浜~山科までが琵琶湖線 山科~近江塩津までが湖西線 近江塩津~長浜までが北陸本線となる.*長浜―米原北陸本線にも含まれる.)

    10月18日,夏の続きを思わせる30℃前後の気温から,急降下.いきなり秋の終わりに近い寒さになった朝,JRによる琵琶湖一周にでかけた.コロナ禍が終息に向かっているので,家内のかねてからの希望に応えるものである.朝ドラを見終わっての出発時間だったが,通勤時間なので道路は混んでいた.そのため,通常よりも倍近い時間をかけて新守山駅に着き,名古屋駅に向かった.予め調べていた9時19分のひかりで米原着.そこから琵琶湖一周の旅が始まった.

 米原からは琵琶湖線(京都行)に乗り,昨年4月に桜を見に行った彦根(城)は飛ばして,最初の下車地は近江八幡だった.近江八幡は八幡堀の観光をするためだったが,いきなりミスを犯した.観光案内所で資料をもらって,八幡掘近くのバス停は大杉町であると資料に印をつけてもらった.バスに乗ると,なかなか大杉町と言う表示が出てこないのでおかしいとは思いながら待つうちに,終点長命寺に到着してしまった.これはおかしいと思い,帰りのバスの運転手さんに尋ねたところ,大杉町八幡山ロ→プウエイ口であるということだった.

 私は大杉町という3文字の停留所だけを追っていたために,「大杉町八幡山ロープウエイ口」という長い名前は無視したのが失敗の原因である.それにしても,案内所の資料はバス停の名前は省略せずに書いて欲しいものである.近江八幡は水郷地帯であり,全国初の重要文化的景観に選ばれ,日本の里百選,日本遺産にも認定されているが,八幡掘はその一つである.バスの中からでも水郷巡り乗船場の表示がいくつか見られた.八幡掘は豊臣秀次が築き,琵琶湖と繋がっていて町の中を走り,近江商人が荷物の運搬に使った水路であろう.八幡堀の両岸には春は桜,秋は紅葉,冬は雪景色と景観を楽しめるらしいが,今の時期はそれほど観るものはなかったが,白壁の土蔵もあり,その片鱗が伺われた.(写真)

    昼食後,再びJRに戻り,石山駅で下車,2番目の訪問地,石山寺京阪バスで10分のところにある.古くは奈良時代から続く歴史上様々な由緒・伝来のある立派なお寺である.石山寺瀬田川に面しており,瀬田川は琵琶湖に続き,淀川に流れることから,東大寺の建立に必要な木材が滋賀県甲賀,高島から切り出され,石山に集められて,最後に大和川を遡り,奈良の都に運ばれたようである.平安時代には紫式部石山寺詣でをし,源頼朝とも関係が深く,足利義明織田信長との争いには石山寺を陣地にしたために一部消失したそうで,淀殿が寄進して大改修が行われたようだ.

 石山の名前の由来は写真にある奇岩で,硅灰石からなり,天然記念物に指定されている.天智天皇の時代に,石山から切り出された硅灰石が奈良県川原寺の本堂の基礎石として使われていることが判明している.本堂と多宝塔は国宝であり,源頼朝寄進の多宝塔は日本最古と言われている.石山寺は見学者はこの時期ほとんどなく,静かなたたずまいの中に荘厳さが感じられた.

 再びバスに乗り,石山駅に戻って,電車に乗り,宿泊地の大津駅に到着した.ホテルについてのは5時30分,大体予定通りだった.以上のコースで感じたのは,車窓からはほとんど琵琶湖を望めないということだった.(一日目終了)

   

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八幡掘(船の中から)

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石山寺の硅灰石と後方の中央は多宝塔